SEKAI NO OWARIで哲学する〜「今を大切にする方法」編〜『死の魔法』

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SEKAI NO OWARI で哲学するとは? 

SEKAI NO OWARIのことが大好きな僕が、セカオワの楽曲の深い歌詞について、勝手に哲学するものです。セカオワの曲には、たくさんの”考えさせられる”ものがあり、それについて噛み砕きながら、僕の見解や想像、考えを話していきます! 

簡単にゆうと、曲に出てくる歌詞を深掘ってみよう!ということです。

では、SEKAI NO OWARIで哲学するのお時間です!
今回は「今を大切にする方法」ということで、セカオワの「死の魔法」という楽曲を取り上げます!

目次は次のようになってます。

①歌詞の解説

「死の魔法」は、どうして死はやってくるのかという疑問や、死によって生きてきた人生が失われる恐怖を歌っています。

WOW この世界が本当に僕は好きだもの
WOW この世界がずっと続けばいいのに
どうして死んでしまうの?この世界が好きなのに
どうして死んでしまうの?

作詞:深瀬慧
作曲:深瀬慧

歌詞にあるように、この世界が好きだろうが嫌いだろうが、いずれ死は必ずやってきます。

では、どうして死はやってくるのでしょうか?
歌詞中にこのようなフレーズがあります。

WOW 始まったものはいつかは終わっていくんだ
「今」を生きるということはソレを受け入れて生きること

作詞:深瀬慧
作曲:深瀬慧

終わりがあるからこそ「今」という概念が生まれる。
今を大切にするために”終わり”があるという見解です。
この考えについては、前回の記事で紹介しているので是非こちらをご覧ください。

この「死の魔法」で考えたいのは、なぜ死はやってくるの?ではなく、
死がやってくると知っているのに、なぜ”今”を大切にできないのだろう?」ということです。
「”今”を大切にするために”終わり”はある」はずなのに、
僕たちは終わりが存在するこの世界で、”今”を本当に大切にできているのでしょうか。

僕は大切な仲間や愛する人がいるのに
どうして「今」という時間を大切に出来ないんだろう

WOW 僕は過去も未来もこんな好きなのに
どうして「今」を愛せないんだろう

作詞:深瀬慧
作曲:深瀬慧

いつか必ず終わりが来ることを知っているのに、なぜ”今”を大切にできないのでしょうか。
僕自身、その意識があるにもかかわらず、おうちでダラダラ1日を過ごしたり、やりたいこと・挑戦したいことがあるのに、結局動けずにいたりします。


今回は是非そういったことについて考えていきたいと思います。

②ひらりくの見解

豊かな時代

なぜ”今”を大切にできないのか。
その理由として、「豊かな時代になった」ということがあると思います。
もっと言うと、「あたりまえに生きていくことが可能になった」ということです。

極端な話、大昔の縄文時代、いやもっと前、人々は

今日1日をどう生き延びるか

を考えて毎日を過ごしていたと思います。
安定した食料もない中、病気をすれば治す薬も技術もない。そんな中、なんとか今日1日を生きていくために、全力を注いでいたと思います。

それが現代では、
・水はどこでも飲むことができる
・簡単に食料は手に入る
・お金がなくても死ぬことはない

というように、

何も考えなくても生きていける 

ようになりました。もちろん、充実度にそれぞれ違いはありますが、間違いなく「生きてはいける」のです。
そんな「あたりまえに生きていける」この世界では、”今”という意識が薄れてしまったのかもしれません。

終わりの存在

しかし、”終わり”を実感したとき、人は”今”を大切にします。
例えば、
・余命宣告をされたとき
・死の危険(事件や事故)があるとき などです。

”終わり(死)”を身近に感じたとき、”今”の価値を見つめ直すのです。

「高校生活のこり3ヶ月!」とかも一緒だと思います。それまで”高校生活”自体はそこにずっとあったのに、卒業が近くなり終わりを実感し出すと、今まで以上に時間を大切にしたりします。

「友達が引っ越す」や「引退まであと少し」など、その時が来るまで友達との日々や部活の日々は存在していたのに、今まで以上に

1日1日を大切にする のです。

では、終わりを実感することができれば、今を大切にできるのでしょうか。
そうかもしれませんが、終わりがあるということはわかっていたとしても、終わりを実感することは非常に難しいのです。みなさんもこの実感することの難しさは知っていると思います。

生きる目的

じゃあ、どうすれば”今”を大切にすることができるのでしょうか。

僕はこう思います。

生きる目的を定めることで、今を大切にできる

必ず終わりが来るこの世界で、なぜ生きるのか。何のために生きるのか。 

その生きる理由・目的を”本気”で、心の底から「こう生きたい」という強い思いがあるとき、私たちは”今”を大切にできるのではないでしょうか。

でも実際、どれだけの人が心の底から「こう生きたい」という強い思いを持っているのでしょうか。 僕が知る限りでは、そう多くはないというのが正直なところです。

③生きること

結局、人は”今”を大切にできない生き物なのでしょうか。
そう思えてきましたが、”今”を大切に全力で生きている人もいます。
そこで、僕が思う結論はこうです。

結局、自分次第

ちょっと寂しい結論に聞こえるかもしれませんが、これに尽きると思います。

人類みなが”今”を大切にできる方法なんてものは存在しないのです。
”今”を生きる”自分自身”が気づくべきなのです。意識するべきなのです。
そうすることで初めて”今”の価値を見つめ直すことができると思います。

今を大切にできていようができていないだろうが、ぶっちゃけ周りからしたら「どうでもいいこと」です。

一度きりの人生。そして自分しか生きることができないこの人生。

周りに何かを求めるのではなく、

”自分で大切にしたらどうですか?”

みなさんは”今”を大切にできていますか?

 記事を読んだ後で、もう一度曲を聴いてみてください^^

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